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検証・法治国家崩壊 砂川裁判と日米密約交渉(「戦後再発見」双書3)

吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司(著)

 

“はじめに”より

始まりは1959年3月30日「砂川事件」に関して東京地裁で言い渡された「米軍の日本駐留は憲法9条に違反している」という一審判決でした。この判決に強い強い不満を持ったアメリカ政府が、  それを早急にくつがえすため、ひそかに日本政府と最高裁の中枢にまで政治的工作と内政干渉の手をのばしたのです。

戦後最初の最高裁長官(田中)はアメリカの内政干渉を受け、その意向に沿って行動し「米軍の日本駐留は違憲ではない」という逆転裁判を得た。日本の最高裁憲法の定める司法権の独立が侵された大きな歴史の汚点を背負っている。

最高裁への他国(アメリカ)政府の介入という問題に加えて、この判決はもうひとつ、きわめて重大な影響を戦後の日本社会におよぼすことになりました。それは米軍基地の存在を違憲ではないとするためのロジックとして、

「[安保条約のような]わが国の存立の基礎にきわめて重大な関係をもつ高度な政治性を有する問題については、憲法判断をしない」

という「統治行為論」が使われたことです。この結果、政治家や官僚たちが「わが国の存立の基礎にきわめて重大な関係を持つ」と考える問題について、いくら市民の側が訴えても、最高裁憲法判断をしなくてもよくなった。(米国の内政干渉に限らず)政府の違法な権力行使に対し、人びとの人権をまもるべき日本の憲法が十分に機能できなくなってしまたのです。

 

この憲法判断の放棄をされたものが米軍問題、311原発事故、またこれからTPPもこれの内に入ってくるだろう。

“わが国の存立の基礎にきわめて重大な関係をもつ高度な政治性を有する問題” について、いくら人が死のうと、迷惑を受けようと、現在も司法は機能しない。

 

 

極めて政治的判決を下した田中最高裁長官の手腕を褒め称えるマッカーサー大使(GHQ司令官マッカーサーの甥)から米国務長官に送られた公電より

「[田中]長官の貢献は日本の憲法の発展ばかりか、日本を自由世界に組みこむうえで画期[的な貢献]となるものである」

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